ないなりに、ないなる。

物を捨てきれないなりにミニマリスト目指す。(https://seminimalist.info/)のサブブログですよ。

ジェンダーフリーの思い出。


学生の頃、僕の知る世界はやわらかく理想にあふれていた。僕が学生の頃は、ちょうど学校教育の一環としてジェンダーフリーの概念がのびやかになってきた頃で、男子校だったうちの高校にも、家庭科が導入されていたし、実際に「ジェンダーとは」といった授業をする講師が招かれたりしていた。

そんな片田舎で温室育ちだった僕は、それが世界のスタンダードなのだと素直に信じていた。性差というものは文明の進展と共に縮まり、日本にはどんどんジェンダーフリーが浸透しており、やがて真にジェンダーフリーな社会が実現するだろうと。

けれど、大学に進学した僕は、自分の認識と世間の実態との差を知ることになる。大学に通う若者たちは、どこまでも男は男で、女は女だった。互いの性の違いに自覚的で、むしろその性差を楽しんでいるようにすら見えた。それまで自分の中でジェンダーの無個性化こそが唯一の正義だったのだけれど、その正義は、この光景に出会うことで唯一性を失ってしまった。その概念を何と呼ぶのか、ジェンダーフリーの対義語でありながら、ポジティブな調和を示す概念の名前を僕は知らない。とにかくその非ジェンダーフリーな光景は、決してネガティブなものではなかった。何故ならば、当人たちが楽しそうだったからだ。この時、僕ははじめて、自分を男として扱ってほしい、自分を女として扱ってほしいという需要があることを知った。かつ、ひょっとしたら、その需要はジェンダーフリーを望む声よりもずっと多くのシェアを誇っている可能性にも。男は男と思われたいのだ、女は女と思われたいのだ、表面的に男女平等に手をあげつつも、実はそれは自分の性別のメリットを享受しつつ、かつ、更にジェンダーフリーのメリットも都合よく享受したいという限りなくいいとこどりの素直な欲望だったりするのだ、全ての人がそうでないにしろ、多くの人が。

その大学の頃に感じたカルチャーショックは年々強まっていくように思う。僕が学生の頃に受けた完全なるジェンダーフリー論は今では下火になってしまった。今生き残っているのは、基本的にジェンダーフリーでありつつも、それぞれの性差を許容する、よりリベラルなジェンダーフリー論のように思う。それは実際の社会需要による結果だろうと思う。日本がガラパゴスなわけではない。たとえば、アメリカ男性に求められる男性像は、日本のそれよりずっと男性的だ。男性は男性でありつつ、女性は女性でありつつ、かつフリーであるという方向性に傾いている気がする。

僕自身の考えも軟化し、その方向性をむしろ自然だと感じるようになってきた。純粋な初期のジェンダーフリーの講習を受けた時、僕は地球の未来にエルフを感じた。性差を限りなく薄め、高度に文明が発達した世界。きっと、その世界で人間は今よりずっと長命だろう。かつ、性差をなくし誰もが対等に暮らす中、人間は徐々に性的欲求すらもそぎ落としていくのではないかと思えた。何故ならば、その線引きは、ジェンダーフリーの持つ課題のひとつだったから。長命で、性的欲求を完璧に理性でコントロールし、唯一のパートナーを除き、いっさいの性差のない世界。それは、すごくエルフっぽいなと思ったものだ。そういう世界に迎う時、そんな運用で出生率は大丈夫なんだろうかと思ったりもした。けれど、成熟した文化が人類を滅ぼすのであれば、なんて文化的で美しい滅亡だろうかと思ったりもした。そういったところも含めて、僕が当初のジェンダーフリーにいだいたイメージは、とてもエルフだった。

今のジェンダーフリーはより人間くさくなった。ジェンダーフリーというのは、近現代のわずかな期間に流行した価値観で、やがて下火になっていくだろうという言説を見たことがある。あるいは、そうかもしれない。それはちょうど共産主義の実験のようにも感じる。50年後、僕の信じる、信じたジェンダーフリーはすっかり古臭くて、前時代的に感じるかもしれない。これは、やがて消えゆく概念かもしれない。でも、それもいいのだと思う。まず当人たちの幸せがあるところが大事である。それには色んな揺さぶりや逆行がありつつも、きっとおさまるところにおさまっていってくれるだろう。それが自然のなりゆきというものだ。